少女の成長をみずみずしく描く――エリコ・ヴェリッシモ 著「遥かなる調べ」
リオ五輪まであと一ヶ月となり、日本でも各競技の代表選手を発表したり、本番に向けて選手インタビューを流すようになった。
じつはこの数年、ボサノヴァを聞くようになり、奇跡の来日と騒がれたジョアン・ジルベルトのライブや、ファベーラの抗争を舞台とした「シティ・オブ・ゴット」などの映画を見るようになった。
しかし、肝心の小説は一冊も読んでいない。小説以外ならば、雑学書・語学雑誌やCDレビュー書は読んでいる。
なぜ手を出せなかったかというと、複雑な歴史や細かな地形がわからないまま読むと途中で放り出してしまうのではないかと恐れていた節がある。
この春に、NHKラジオ第2で放送された「ボサノヴァの魅力~ブラジルの心とサウダージ」という番組で大まかな歴史的背景がわかるようになった。
さらにシコ・ブルアキというミュージシャンが政府の弾圧をうけ音楽活動を離れ、小説を書いていたことが判明した。
彼の作品は一作しか翻訳されていないため、代わりにエリコ・ヴェリッシモ著、伊藤奈希砂訳の「遙かなる調べ」(彩流社)を読んでみた。
そのタイトルから音楽の話だろうと勝手に思いながら、あらすじをみてみたらブラジル版「赤毛のアン」とあった。
これはこれで楽しめそうな気がした。400ページ近く、文字も決して大きくないこの作品を、6日間かけて読了した。
ヒロインであるクラリッサは、小学校の先生をしている16歳。
まだまだ夢見がちな心根の優しい少女だ。
裕福な人と貧しい人の財産を分けあえば、みんな幸せになれるのに、と近所の人に話すと「君は共産主義者かい?」と笑われる始末。
けれども、彼女を取り巻く環境は穏やかではない。
祖父にあたるオリヴェリオは、貧しい者たちに気前よく財産を分け与え、後の当主となったクラリッサの父ジョアン・ジ・デウスの代には、食料雑貨店の支払いもままならない状況になってしまう。
さらに三人の叔父たちは、アルコール中毒、コカイン中毒。四男は詩人で世の中に絶望し自殺をしてしまう。
ろくでもない連中ばかりだ。
しかし素行は悪いがクラリッサを妹のように接している従兄弟のヴァスコや、ヴァスコの育ての親ゼゼおばさん、手品とフルートが得意で物知りのレオカディオと、魅力的な人々もいる。
さらにクラリッサは読書と日記をつけることに、自らの救いを求めようとする。
本文はこの秘密の日記から成り立ち心の成長を炙り出していく。
舞台はブラジルだが、情景描写の美しさと巧みな心理描写はヨーロッパを彷彿させる。
また最初の一文を読んで、文章の流れが、キャサリン・マンスフィールドを思い起こさせられた。
パンヤの木、ゴイアバ(グアバ)、シマハン茶(マテ茶)などブラジルらしさも見受けられるが、国土を知ることができた。
物語の舞台は標高が高いところなのだろうか。クラリッサは、新しいコートが欲しいと日記に書き連ねていた。
五輪の行われる八月は、日本でいうところの二月に当たる。
ということは?
とにかくエリコ・ヴェリッシモという未知なる作家に出会えたことがうれしい。
最後にこの作家のリンク先を付記しておく。