本を枕にうたた寝

スローペースな本読み。本がたくさんある場所に行くと、心が躍ります(´∀`) そんないち本好きが送る汗と涙の読書記録です。

グレゴールは哀れな奴か――カフカ著「変身」

変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)

 

先日読んだアン・ビーティ著「燃える家」(「この世界の女たち アン・ビーティ短篇傑作選」より)のなかでカフカの「変身」が出てきた。
主人公がゴキブリになったのは「みんなの期待」という会話があり、思わず吹き出してしまったのだが、それははさておき主人公グレーゴル・ザムザが変身した虫が高校生の頃に読んだ新潮文庫版ではクモと記憶している。
そして、今回読んだ光文社古典文庫版では毒虫と記されていたが、どうやら筆者は他人が忌み嫌う虫に設定したらしい。
グレゴール自身がカフカの分身であるため、自虐ネタ満載の内容となっている。
ただ読み進めて行くうち現在とは社会環境や慣習の違いから、突っ込みを入れたくなってしまう場面にしばしば遭遇した。
そこでこの一見難しそうな小説を簡単に紹介してみようと思いたった。
今回はかなりネタバレになってしまうことをあらかじめお断りしておく。

朝、目覚めたら虫に変わっていたグレゴール君。
自分の姿に驚きながらも、始業時間朝六時に間に合うように五時の列車に乗らなきゃと焦る。
だけど、所詮は虫。スーツを着れないのはもちろん、ベッドから起き上がれない。
クビになったらどうしよう、と青くなる。
どうやら親父さんが事業に失敗し、勤めている会社に膨大な借金があり、江戸時代の村娘のように借金の肩として入社した。
おまけに父親は精神的なダメージを食らったうえ、神経痛が悪化。
母親は専業主婦、妹はまだ幼い。
そのようなわけで彼が働くしかなく、昼夜問わず働き何とか借金返済の目途が最近になって出てきた。
朝早く、帰りは遅い。しかも時折遠くまで日帰り出張まであるらしい。
なかなか気骨な奴だと感心しながらも、ブラック企業に勤めていることに驚愕。
さらに彼は、バイオリンを弾く妹のために音楽学校の入学資金を貯め込んでいるらしい。
バイオリンを弾く妹の姿がかわいくてしかたなく、クリスマスに先のプランをサプライズ発表しようと目論んでいた。
ふむ? ってグレゴール、お前は妹萌えか! とここで二度目に突っ込み。
当然虫になってしまったため、サプライズは未遂に終わる。
哀れグレゴール。
そんな理由で一生懸命働いていたグレゴールだったが、仕事がきつい、とうちゃんの借金さえなかったらな、と愚痴り始める。
私はそんな彼の愚痴を聞いて(実際は読んでだが)、普通の若者であることに内心ほっとしてしまった。
若いのだからもっと遊べや。

そして七時。出勤したいが虫になったためできないグレゴールを心配して会社の上司がやってくる。
ん? いち社員のためにわざわざ家を尋ねるなんて考えられない。
でもよくよく考えると、メールや電話のない時代だからこそ訪問するしかないのかと納得。
ドア越しに語りかける上司だったが、獣ような唸り声を聞いてびっくりしてすたこらさっさと逃げ出した。
おいおい。交通費の無駄使いすんなよー。経費は落とせません。(元経理担当談)

当然働き手のなくなったザムザ家の家計は圧迫。
父は体に鞭打って働き始め、母はランジェリーを縫う内職を始め、妹も渋谷の丸キューの店員になった。
いや丸キューは嘘だが、ブティックで働き始めた。
さらに得体の知れぬ虫になった息子がいるというのに、空き部屋を貸し出す。
この家族の選択は正しいと思ったが、無謀だった。
下宿人歓迎会の席で妹とがバイオリンを披露するとの報を聞きつけたグレゴール。
彼の妹萌えは治っておらず、ひと目だけでいいからと姿を見せてしまう。
オー・マイ・ゴット! ザムザ家の下宿人収入プロットは見事に打ち砕かれる。
怒り狂った父はグレゴールにりんごを投げつける。
そして、彼は一人寂しく衰弱死。
りんごをかじると歯茎から血が出ることはあっても、虫には凶器になるとは知らなかった。
よし、今度やってみよう。いや止めておこう。
シーズンオフとあってりんごの値段が高い。もったいない。

グレゴールの死を知った家族は、「いやあ、厄介者がいなくなってよかったね」、「これであの家から引っ越せる」、「もっと狭い家に引っ越そう」と喜びをにじませる。
じつはこの狭い家の発言者は妹。もし彼が当初の計画どおり音楽学校の話をしたならば、妹はぎょっとしたに違いない。
高校生の頃読んだときは妹ちゃんに肩入れをしていたが、グレゴールが残念過ぎて気の毒になった。
でも、肩入れはしない。
というのも第一部は父親がダメ男で、読了後はグレゴールがダメ男になっていたからだ。
要するにグレゴールは無理して働く必要がなく、家族全員で働けば良かっただけなのかもしれない。
さらに「変身」というタイトル。主人公グレゴールが虫に変わったことだけではなく、ラストにはもうひとつの「変身」が見られる。
そのあたりが、掛け合せの妙となっている。
最後に「変身」とは突っ込み満載なうえ、どこにでも居場所のないぼっちな青年の物語であった。

* crunchmagazineからの転載です。