本を枕にうたた寝

スローペースな本読み。本がたくさんある場所に行くと、心が躍ります(´∀`) そんないち本好きが送る汗と涙の読書記録です。

母を独占した夜ーー「アルプスのきょうだい」ゼリーナ・ヘンツ著

 時として本との出会いは、強烈な印象として一生涯残るものだ。
 今回紹介する本は唯一母が読んでくれた記憶の残る絵本。

 

 インドらしき土地を家族で訪れ、見たことのない光景や聞いたことのない音
楽が珍しくきょろきょろしていた。
 そんななか「うわぁー!」という叫び声ともに次々と通行人が巨大コブラ
体を巻きつかれ、飲み込まれていく。
 楽しいはずの旅行が一瞬にして惨状となり、幼い私は怖くなって泣きじゃく
ってしまった。
 そしてぱっと目が開き、泣きながら子供部屋を出た。

 

 そこには父の帰りを待つ母の姿があった。怖い夢を見て眠れないと訴える
と、最近知り合いの方から頂いた絵本を取り出し、読み聞かせてくれた。
 表紙にはスカーフを巻いた女の子が、家畜のにわとりに餌を与えている。背
後には高い山々と着ている洋服から日本でもインドでもない国だとわかった。
 本のタイトルは「アルプスのきょうだい」ゼリーナ・ヘンツ作、光吉夏弥訳
岩波書店)。これに愛らしい絵をアロワ・カリジュが添えている。

アルプスのきょうだい (岩波の子どもの本)


「ウルスリのすず」と「フルリーナの山の鳥」のふたつのお話が入っている。

 母に読み聞かせてもらったのは、このうちの「ウルスリのすず」。
 タイトルからすると飼い猫につけるような丸っこい鈴を思い浮かべてしまう
が、挿絵は牧場の牛についているような楕円形のベルだ。(ここは敢えてすず
で統一していく)
 ウルスリの村では、すずを鳴らして練り歩く子供たちのお祭りが行われてい
る。
 大きなすずを持つ子は先頭で歩けるうえ、お菓子をたくさんもらえる。
 ウルスリは大きなすずをもらおうとしたが、みんなに追いやれて一番後ろ
に。そして一番小さいすずになってしまった。
「あ、そうだ! 夏にいく山小屋に大きいのがあった!」
 思い出したウルスリは、険しい雪山もなんのその。一路山小屋へ。
 そして無事にたどり着き大きなすずを見つけ、「これなら一番になれるぞ」
と安堵し、残っていたパンを食べると、そのまま眠ってしまいました。
 そのころ村では、両親が必死になってウルスリを捜してまわり大騒ぎに。ど
こを捜してもいない息子に母親は泣き崩れます。
 翌朝、ウルスリは意気揚々として帰宅。母親は息子の無事を知り、抱きしめ
ます。
 そして、お祭りの先頭は誰?

 

 「ウルスリのすず」を読み終えた途端、父が帰宅をし、私は再び眠りの世界
へ。
 こうして書き記していて、不思議なことに帰りの遅い父と、両親に何も告げず山小屋へ行ったウルスリが重なっていることに気付いた。
 母はこの作品をどんな思いで読み聞かせてくれたのだろう。
 亡くなってしまった今では、その時の心情を聞くことはできない。
 話の内容はほとんど忘れていたが、幼い私は険しい雪山や真っ暗な山小屋が
少し怖かったことを覚えている。
 今にして思うと、お話云々よりも母を独占できて喜んでいたに違いない。